[写真説明]
夜明け前 月に雁
茨城県稲敷(いなしき)市の稲波(いなみ)干拓地は、国の天然記念物オオヒシクイの関東唯一の集団越冬地として知られる。二十二日、夜明け前の気温は氷点下八度。西の空には冬の満月がまだ残っていた。その時、東からオオヒシクイの大群が飛来した。ほのかに色を染めはじめた薄明の空に、大きなV字編隊が美しい。干拓地に降りる前、「ガハハン ガハハン」と鳴きながら何度も上空を飛んでくれた。月を横切る一瞬も。千載一遇の瞬間だった。
冬鳥でロシアのカムチャツカ半島などから渡来するガンの仲間(カモ科マガン属)。戦後、湿地の開発や狩猟などで絶滅の危機に瀕(ひん)したが、一九七一年、国の天然記念物に指定され保護されるようになった。全長九〇センチほど。翼を広げると約一八〇センチになる大きな鳥だ。
保護活動に取り組む稲敷雁(かり)の郷(さと)友の会(坂本勝己会長)は毎日、行動を詳しく記録し、ホームページに「今日のオオヒシクイ」として掲載。今季の越冬数は百三十二羽だ。約二百三十ヘクタールの干拓地は立ち入り禁止のため、観察小屋とその周辺の小野川の土手から見守る。
オオヒシクイは稲刈り後に自然に生える二番穂を食べるが、「最近、収穫時期が遅い飼料米が増えて二番穂が実らない」と、友の会の武藤隆一事務局長は餌不足を心配する。モーターパラグライダーや軽飛行機の音に驚いて飛び立つことも多いという。避難先は二〇一六年に約三十キロ離れた鹿島灘の海上と判明した。
ガンの飛ぶ姿は昔から短歌や俳句に詠まれ、親しまれてきた。江戸時代の浮世絵師、歌川広重が描いた「月に雁」は高額切手としても知られる。この冬、オオヒシクイと満月が見せてくれた絶景に感謝したい。 (堀内洋助)
紙面より一部抜粋(2019年1月31日発行 東京新聞)
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